ツインソウル体験の分かりづらさ、伝わりづらさ

今回は長くなります。

ツインソウルという体験は人に伝えるのが困難です。

わかってもらおうと思っても体験しなければ一切想像もつきません。

はじめて口にした食べ物の味を食べたことのない人に説明するようなものなので

それは難しいに決まっています。

そしてツインソウル体験をしていない人に相談し、普通の恋愛の感覚でアドバイス

されても全くの的外れであり、相談者であるツインソウル体験者はより孤独になり追い詰められていくのです。

しかし、ここで疑問が残ります。それは本当にただの恋愛や失恋ではないのかということです。

あるいは自分勝手な妄執と何が違うのか。

私が一つ、ここで説明しておきたいことは、そもそも人間関係というものがどんなものであれ、本人達の中でしか理解できない繋がり方をしており、ここに入り込む客観性というのはまるで役に立たないものであるということが往にしてあるということです。

それが密な関係、特別な思いを持ち信頼しあう仲であれば尚更です。

しかし、客観性を持つことが難しいからといって何から何まで自分の思う通りに考えていくと独りよがりになります。自分の感覚を疑わないでいることはやはり危険なのです。

時、ツインソウル信奉者に見られる芸能人や会って話したこともない人に対して

あの人は私のツインソウル!と思い込んで止まらない人は客観性を欠いていると言わざるを得ません(そもそもこういう例は関係自体築いていないのですが)

ではどうすればいいのか。

それはツインソウルという著しく客観性と相性の悪い現象とは自分の直観を信じつつも

ある程度、距離を置いて見ることが重要になってくると思います。

地味ですがこれが一番、病的な思い込みや他人の無理解に苦しむことから遠いことなのだと思います。

話を戻しましょう。

ツインソウル体験と普通の恋愛体験の違いについてです。

あくまでここでは私の思うツインソウルと普通の恋愛との違いを明確にしたいと思います。

ツインソウルと恋愛との根本的な違い。それは相手に対する気持ちが不変であることと、

絶対的であること、それと非常に強い絆を感じることです。

ツインソウルは恋愛感情に似ています。

ですが、それとは明らかに違うものがあります。

それはどんな状況でも人として愛していると迷いなく思ってしまうかどうかです。

恋人たちの情事の中で交わされる愛しているとは違います。

恋愛には性欲や金銭欲を元に動く市場があり、ある程度の打算や妥協があります。

ツインソウルも最初はその恋愛市場にあるように思われますし、本人たちもそのように判断して関係に取り掛かりますが実際ははじめから違うのです。

恋愛市場の暗黙のルールに則って、ツインソウルと接するために

衝突や喧嘩が起きるのです。恐怖が芽生えてしまうのです。

普通の恋愛では通用することがツインソウルでは通用しないのです。

それは分離期間において嫌というほど思い知らされるはずです。

冷静に考えれば、絶対的かつ命懸けで目的そのものであるような関係性において

相対的で命を懸けない手段であるような態度ではうまくいかないのは当たり前です。

ですので恋愛感情とは関係なく、愛しているかどうかなのです。

それは自分の家族や友人、恋人にも抱いたことのない感情なのです。

最後に強い絆を感じるということ。これこそ説明が難しく、わかってもらえないところだと思いますし、上記の例の愛情は恋愛市場で出会い、静かに愛を育んできたカップルなら後天的に築き上げうるものかもしれないのです。そしてそれはとても素晴らしいことだと思います。

だとしたならばツインソウルはやはり普通の恋愛と同じなのかといわれるとやはり違うのです。

それこそが強い絆を感じるという部分です。客観的に説明することや一般化が最も難しい部分だと言えると思います。

それでもあえていうならば離れようと思っても離れられず、忘れようと思っても忘れられず、切っても切れない不可思議な関係としかいえないでしょう。本人たちはそれが逆に気味悪く感じ、お互い相手との関係から逃げます。完全に関係を絶ってしまうのです。それがいわゆるサイレント期間なのでしょう。

さて、お互い関係を絶って、サイレント期間になって一体なにが残るのでしょう?

それはいつも心に相手が居続けるという一点のみが強烈に残るのです。